コゴメグサについて
コゴメグサはハマウツボ科コゴメグサ属に属します。半寄生で、亜熱帯や熱帯地方の高山に生育する一部を除いて、
一年草の草本です。冷温帯性で、地域ごとの変種が多いのですが、日本には大きく3種が分布します。多くは高山帯の草地に生育しています。ミヤマコゴメグサ(
Euphrasia insignis)は、主として北アルプスなどの日本海側の多雪地帯の高山に分布し、ヒメコゴメグサ(
Euphrasia matsumurae)は南アルプスやその近辺の高山帯に分布しています。また、タチコゴメグサ(
Euphrasia maximowiczii)は前2者よりは標高が低い高原の草地に分布しています(写真1参照)。
寒冷地に生育する植物の大半は根や茎などが生育に適さない冬季などの低温期にも枯れないで残っている多年草です。これは、植物体が成長できる気温が保たれる期間が1年を通じてごく限られている寒冷地に適応した形質と考えられます。しかしコゴメグサが一年草であるということは、根や茎などの植物本体は寒冷期にはすべて枯れてしまい、種子の状態で低温の時期を過ごし、気温がある程度上昇して成長可能になるごく限られた、北半球では7月〜9月初旬という短い期間に、発芽からはじめて成長・開花・結実という仕事をやってのけるという植物なのです。半寄生という生活様式も、このような条件に適応した生活様式かもしれませんが、この点でも興味深い植物であると思っています。
ミヤマコゴメグサには多くの亜種や変種がありますが、今回実験に用いたものは、八方尾根で採取したものだけです。拙作の「山野の植物と山岳地形」というWebページにも3種の写真を掲載してあります。リンクを張っておきましたのでご参照下さい。
リンク:
ミヤマコゴメグサ、
ヒメコゴメグサ、
タチコゴメグサ
また、コゴメグサはヨーロッパの山地帯ではごく普通に見られるのですが、オーストリアのチロル地方やイタリアのドロミテ地方、スイス、そしてピレネー山脈をはさんで南フランスや北スペインなどで観察したコゴメグサについて紹介もしています。
写真1 今回採取し、実験に用いたコゴメグサ
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ミヤマコゴメグサ
(長野県八方尾根)
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ヒメコゴメグサ
(山梨県金峰山)
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タチコゴメグサ
(長野県蓼科高原)
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2000年の12月に、ニュージーランドでルートバーン・トラックやMt.Cook村周辺のトレッキングに行ったとき、現地ではニュージーランド・アイブライトと呼ばれていますが、Euphrasia属の植物を見つけました。また、現地で購入した植物図鑑にもEuphrasia属の数種が掲載されていたのですが、それらが、日本の山で目にしていたものと、とてもよく似ていることから、どうして同じようなものが、遠く赤道で隔てられた日本とニュージーランドに分布しているか、疑問に思いました。そこで、植物系統学を専攻されている神戸大学の先生に伺ってみたところ、明確な理由付けはなされていないこと、仮説としてゴンドワナ大陸などのかつて陸続きだったところが大陸移動によって分離していったことなどで現在の分布状況を説明しようとする考え方、などを教えていただきました。
その時は、さらなる研究をしてこの謎を解明しようなどとは、高校の一理科教諭に過ぎない自分には考えも及ばなかったのですが、それから15年過ぎた2014年9月という、定年退職が近くなった頃、さきの神戸大学の先生から、コゴメグサの世界的な分布や系統に関する2008年に出た論文(参考文献1)を送っていただいたのです。 しかしその時の私は、分子系統学的な知識を全く持ち合わせていなかったので、論文の内容を全く理解することができませんでした。。大学を出てから35年間高校の教員をしてきましたが、その間に大きく発達した分子系統学的な研究方法については、高校の教科書で見る程度だったのですから。
私は、なんとかして、送って頂いた論文の内容を理解できるようになりたいと思いました。また、当時は試行錯誤しながらですが、NCBIに登録されている日本のコゴメグサの遺伝子情報を捜してみると、ミヤマコゴメグサのITSとタチコゴメグサのTrnL-TrnFくらいしか無かったことから、日本にはコゴメグサをテーマにしている研究者がいないのでないかと考え、それならば自分が日本のコゴメグサの遺伝子データをとり、上記参考文献1に掲載されているコゴメグサのデータとあわせて系統樹を作成し、日本のコゴメグサが世界の様々な地域のコゴメグサとの間で、どのような系統関係に位置するのか調べてみたら面白いのではないか、と思ったのです。
そこで、自分の母校でもある静岡大学の徳岡先生(准教授)の研究室に伺いました。